スペイン南部で高速鉄道が相次ぎ脱線、マドリード-アンダルシア間の高速列車が全面運休

スペイン南部で高速鉄道が相次ぎ脱線。
2026年1月18日、スペイン南部コルドバ県アダムス(Adamuz)近郊で、重大な鉄道事故が発生した。夕方、同区間を走行していた高速旅客列車2編成が相次いで脱線した。

列車には約300人が乗車しており、負傷者は多数。このうち少なくとも25人が重傷とされ、事故直後から医療チームや救助隊による大規模な救助活動が続けられた。

事故は、最初の列車が脱線し、隣接する線路側に影響を及ぼしたことが引き金となり、その直後に同区間を走行していた別の高速列車も脱線した模様。両列車はいずれも、マラガ、マドリード、ウエルバを結ぶ高速路線を運行中だった。脱線の原因は不明。

2026年1月19日
鉄旅ライフ編集部
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日本の鉄道史

2026年から少しずつ記述していってます。現在未完成です。完成までまだまだかかりそうです。サイト内の間違いを発見された場合、また車両の開発談や詳しい資料などをご存知の方は『お問い合わせ』から教えていただけると非常に助かります。

1825年〜2010年 黎明期、鉄道開業、そして新幹線開業

鉄道に関すること車両に関すること
1825イギリスで鉄道が実用化される(世界の鉄道史で記述しています)「ロコモーション号」が世界初の営業運転開始
1829スティーブンソン「ロケット号」完成
(ボイラー性能が飛躍的に向上。最高速度46km/hを記録し、実用的な高速走行を実現)
1830・リバプール〜マンチェスター鉄道開業
・1830年代の初頭にシーボルトの持ち帰った資料等を通じ、日本の知識層に「Steam Carriage」の概念が伝播
1832・オランダ語の技術書により、蒸気機関のピストン運動の仕組みが国内で研究対象化
・長崎の出島を通じて、欧州で「煙を吐いて走る陸路の船」が普及し始めたという情報が幕府に伝わる
1848川本幸民による技術解説 蘭学者の川本幸民が蒸気機関の構造を詳しく解説。一部の開明的な大名(佐賀藩の鍋島直正など)が、自藩での技術再現に興味を持ち始める
1849・薩摩藩・島津斉彬による工業化開始 「集成館事業」を立ち上げ、蒸気機関の研究を開始

・大砲鋳造とセットで「蒸気車」の導入が議論される
1851・アメリカ合衆国を訪れた最初の日本人の一人ジョン万次郎が帰国。まだ「汽車」という言葉が定着しておらず、取り調べにて「アメリカには煙を吐いて走る陸路の船がある」と供述

・島津斉彬が藩主就任。ジョン万次郎を保護して直接話を聞いた島津斉彬が蒸気機関車の模型制作を藩の技術者に指示

・実物を見る前に、図面だけを頼りに模型作製が開始される
1853ロシアのプチャーチンが長崎に来航。蒸気車の模型を走らせ、日本の役人を驚かせる
1854ペリーが横浜で、人が乗れる1/4サイズの蒸気機関車模型を実演。時速32kmを記録
1855佐賀藩の田中大久馬(後の田中久重、東芝創業者)が、日本初の蒸気車模型を完成させる
18726月12日 品川〜横浜間で「仮開業」を開始(日本初の鉄道運行)
なぜ仮開業だったのでしょうか?

10月14日(鉄道の日) 記念すべき新橋~横浜間が開通された日です
最初に走った機関車は、
・国鉄150形蒸気機関車
・150形
・1号機関車
などと呼ばれます。
では、なぜ1号機関車なのに150形とも呼ばれるのでしょうか?
18818月1日 私立鉄道会社「日本鉄道」の創立が決定される

11月11日 日本鉄道設立
(初代社長吉井友実)
18833月16日 新橋と横浜の区間の主要駅に停車する急行列車が運行を開始
19015月27日 山陽鉄道の馬関が開業(翌年下関駅へと改称)
19026月1日 馬関が下関駅へと改称
19063月27日 鉄道国有法が成立
(日本鉄道は国有鉄道「国鉄」となった)

4月16日 急行料金が導入される。「最急行」は新橋と神戸との間で運行され、一等車、二等車、食堂車が連結されていた

12月1日 山陽鉄道が政府に買収、国有化される(民営化により1987年にJR西日本となる)
19126月15日 特急が導入される。新橋と下関との間を所要時間25時間8分で結ぶ「特別急行」で、7両の客車を蒸気機関車が牽引した
(下関港は九州、北朝鮮との連絡拠点だった)
ステン9020の登場
(特別急行の最後尾に連結された日本初の一等展望車)
1914東京駅が開業。長距離列車の起点は新橋から東京へ
19237月1日 東京と下関を結ぶ特急を1往復増発し、食堂車と荷物車2両以外を三等車とした庶民向けの特急の運行開始
(東京大阪間の運賃と特急料金の合計は8円13銭で、二等車の半額だった)
ステン9020の引退
1924「電7系」の製造。難波駅~和歌山市駅間を1時間30分で結ぶ急行列車に使用するため、4両編成10本、計40両が川崎造船所(現・川崎車両)兵庫工場でが製造された
192612月3日 民営鉄道の南海鉄道(現在の南海電気鉄道)が、電付6形を民鉄初の特急として営業運転を開始
(電7系は4両編成で電付6形はその中の1両)
1927新京阪電鉄「100形」営業運転開始
(民鉄で二番目の特急で、4人掛けボックスシートが特徴。現在の阪急電鉄、天神橋~京阪京都間(現在の天神橋筋六丁目~大宮間)を結んだ)
1928愛知電気鉄道「3300形」営業運転開始
(特急料金不要。デハ3300形3302は超特急「あさひ」専用車両と指定される。現在の名古屋鉄道、吉田~神宮前間(現在の豊橋~神宮前間)を結んだ)
1929「東京行進曲」がヒット
(歌詞に「小田急」があるが、小田原急行鉄道だった名称を略されたことに当時の社長が怒る。しかし、後に社名は小田急電鉄となる)

9月15日 鉄道省による公募の結果、特急に愛称が付けられた
(それまでは、列車番号で呼ばれており、1列車と2列車は「富士」、3列車と4列車は「櫻」となる。さくらの愛称は九州新幹線へと受け継がれる)
モハ301系の登場
(電7系の設備はそのままに、車体を大きくし出力を向上させた)
193010月1日 「燕」の営業運転開始。最高速度時速95㎞。東京~神戸間を当時としては驚異的な所要時間9時間で結んだ
(それまでは従来の特急「富士」が11時間38分だった)
10月1日 「C53形」燕の営業運転開始
(日本初の3シリンダー機で動輪径は約1,750mm。3シリンダーの振動低減と大型のボイラーという、設計思想からして長距離、豪華列車向きの機関車)
19311月 参官急行電鉄「2200系」営業運転開始
(現在の近畿日本鉄道の特急車両で個室があった。上本町~宇治山田間を結んだ)
193412月1日 丹那トンネルが開通。燕が東京~大阪間を8時間で結ぶようになる鉄道省 C53形蒸気機関車43号機が登場
(海外の流線形ブームの影響を受けて、流線形のカバーを付けて登場した。しかし、整備性が悪く、のちにカバーが外される)
1935東武鉄道「デハ10系」営業運転開始
(進行方向に向いて座るクロスシートを採用。浅草~東武日光間を結んだ)
1936モハ301系の特等室と喫茶室をもつ先頭車に、日本の鉄道車両初の冷房装置が取り付けられる
19377月7日 盧溝橋事件
(北京郊外の盧溝橋付近で起きた日中両軍の武力衝突が拡大し、後に全面戦争へと発展。石炭は軍人や軍事物資を運ぶために使われるようになる)
7月1日 鴎の営業運転開始。4番目の特急
194211月15日 関門トンネルが開業(終着駅は九州の門司駅となり下関駅は通過駅となる)11月15日 櫻が廃止(戦争により最初に廃止された特急)
1943
南海鉄道の特急が廃止
2月15日 鴎が廃止

10月1日 燕が廃止
19446月1日 南海鉄道と関西急行電鉄が合併し近畿日本鉄道となる
(この統合は、政府の強制によるもの。資材の統制や軍事輸送の強化を目的とした)
4月1日 富士が廃止
19458月15日 戦争が終わる
1946冬頃、国内で石炭不足が深刻な事態となり、特急、急行が全て廃止
1947旧南海系路線は分離し、南海系は分離して現在の南海電気鉄道として独立
(財閥解体、独占排除、経営合理化の再設計とが目的)

10月8日 近畿日本鉄道の特急が上本町~近畿日本名古屋間を結ぶ(現在の大阪上本町~近鉄名古屋間)
1948山陽電機鉄道の特急が復活
1949小田急電鉄の特急が復活

6月1日 日本国有鉄道が復活

9月15日 国有鉄道の特急が復活。「へいわ」が東京~大阪間を9時間で結ぶ
(東京~大阪間を8時間で結んでいた燕より1時間遅くなったが、これは石炭の品質が悪化したため)
19501月1日 「へいわ」を「つばめ」へと改称

5月11日 東京~大阪間の特急が1往復増発(「愛称は「はと」)

10月1日 つばめ、はとが東京~大阪間を再び8時間で結ぶようになる
国鉄「80系」営業運転開始
(電車の始まり。80系の成功により機関車から電車への移行が始まる)

スロ「60系」営業運転開始
(GHQの強い要請でリクライニング腰掛が取り付けられた。設備が豪華であったが、一等車とすることはGHQに認められなかっため、二等車として使用することになり、特別二等料金という追加料金を徴収することにした。そのため「特別二等車」と呼ばれた)
1953京阪電気鉄道「1800系」営業運転開始
(カルダン軸駆動装置を採用し、無音電車と呼ばれるほど静かな走行音が特徴的)
19549月3日 京阪電気鉄道1800系車内でテレビ放映サービスが開始
(当時はカラーではなく白黒放送、テレビ自体が人々の憧れの対象で評判を博した。「テレビカー」とも呼ばれる)
195610月 国鉄「キハ55系」営業運転開始
(ディーゼルカー、準急)
19579月27日 小田急電鉄「3000形」が国鉄の速度試験で時速145㎞を達成
(3000形は国鉄から開発の協力を受けていたため、国鉄に貸し出されていた。国鉄は新幹線の開発を進めており、データ取得のため試験をする。のちの新幹線電車の原型にもなった。必要な一般的な電車と比べて50㎝低い、屋根までの高さ3.5mとすることで、重心を下げた。当時世界最高速の達成であった)

10月 小田急電鉄「3000形」営業運転開始
(愛称は「スーパーエクスプレス」「SE」。新宿~箱根湯本間を結ぶ)
1958東北本線・日光線の電化が完成

10月1日 東京~長崎間のと特急「平和」の営業運転開始
(長崎は原爆被害を受けたため平和への願いを込めて、この愛称を採用したとされる)
7月11日 近畿日本鉄道「10000系」営業運転開始(7両編成のうち、2両が世界初の二階建て車両、愛称は「ビスタカー」)

10月1日 東京~下関・博多を結ぶ特急「あさかぜ」に20系が投入、客車の色からブルートレインと呼ばれるようになる
(それまでの客車は1両単位で連結されることが普通であったが、20系は他の形式の客車との連結を考えておらず、車体の色が統一されており、全車両に冷房装置を備えていた)

11月1日 国鉄「151系」営業運転開始(当時は20系)
(当時、電車は作動音や振動の問題で長距離を走る特急には向かないとされていたが、カルダン軸駆動装置を採用し、振動の低減し、防音材を各所に装着することで高い静粛性を得る。それまで7時間30分だった東京~大阪間を6時間50分で結び、さらに短縮し6時間30分で結ぶようになり、この成功が新幹線へとつながっていく。愛称は「こだま」、最高時速110㎞で大阪~神戸間を結んだ)
19594月20日 東海道新幹線建設工事開始
(当時の国鉄、十河信二総裁が1964年10月10日開催予定の東京オリンピックまでの完成を目指した)

7月20日 「平和」が「さくら」へと改称
9月 国鉄「157系」営業運転開始
(前年の東北本線・日光線の電化が完成したことで、電車化を計画。スピードアップすることで東武鉄道との競争で優位に立つことに成功した。「157系準急形電車」「日光形電車」ともよばれる)

近畿日本鉄道「10100系」営業運転開始(「新ビスタカー」)
19603月19日 253系の営業運転開始
(リクライニングせず、回転もしないボックスシートが特徴的。愛称は「成田エクスプレス」)

10月 東武鉄道「1720系」営業運転開始
(国鉄との競争の結果生まれた、グリーン車並みのリクライニングシートや休憩室、ビュッフェが特徴的。愛称はデラックスロマンスカー。浅草~東武日光間を結ぶの車両の名称は「けごん」、浅草~鬼怒川温泉間の名称は「きぬ」)

12月10日 「キハ80系」営業運転開始
(路線の多くはまだ電化されていなかった。最高時速100㎞で上野~青森結ぶディーゼルカー、愛称は「はつかり」。当初はオーバーヒート等の故障が多かった)
196110月1日 大阪~広島間を結ぶ特急に「へいわ」という愛称が再び採用6月1日 名古屋電鉄「7000系」営業運転開始
(先頭車両の1階が客室、2階を運転室となっており、当時は衝撃的なデザインであった。愛称は「パノラマカー」)

10月1日 改良型キハ80系が大量に投入される
19626月10日 「へいわ」が東京~広島間を結ぶ「つばめ」と統合される
1963小田急電鉄「3100系」営業運転開始(パノラマカーと同じ作り。愛称は「ロマンスカー」)
19647月15日 新幹線車両の試験列車が初入線

10月1日 東海道新幹線開業
(東京6:00発のひかり1号の発車に合わせて出発式が挙行される)
「0系」最初の新幹線形式。1986年まで3216両が制作された
(当初の最高運転速度は時速210kmであった)
19658月 名古屋鉄道「キハ8000系」営業運転開始
(民鉄の特急は電車が多い中、ディーゼルカーが特徴。当初は、準急「たかやま」として神宮前~高山間を結んだ)

10月 キハ8000系が新名古屋~豊橋間(現在の名鉄名古屋~豊橋間)の特急としても運用される
19707月 名古屋鉄道「たかやま」が運転区間を延長
(名称は「北アルプス」に改称され、富山駅から富山地方鉄道に乗り入れ、立山駅まで向かうようになる)
19721月27日 0系公式試運転。

3月15日 新大阪~岡山開業。出発式は岡山6:05発の「ひかり」52号

8月31日 新大阪駅構内でレール締結式が挙行

10月2日 在来線の特急の一部をL特急と名付ける(同じ方面に多数の特急が運転され、自由席車が連結されている車両。「L」に特に意味はない)
183系の普通車にもリクライニング腰掛が導入される

19753月10日 山陽新幹線、岡山~博多間が開業し、全線開業となる。博多駅での出発式は6:06発「ひかり」100号での挙行
(鉱害防止や軌道安定のため、開業当初は東京~博多間は6時間56分を要した)
19762200系の車体に5100系の電装品を組み合わせた神宝線用車両、阪急6000系がデビュー

10月 「北アルプス」が特急となる
1978国鉄、いい日旅立ちキャンペーン(山口百恵「いい日旅立ち、1984年まで」)
(日本国有鉄道(国鉄)が行っていた旅行誘致キャンペーン、及びそのキャンペーンソング)

4月1日 成田国際空港の開港予定日
(しかし、開港反対派によって管制塔が破壊されたため、5月20日に延期される)




近畿日本鉄道「30000系」営業運転開始(3代目のビスタカー)

5月5日 車庫に停車中のAE車1両が開港反対派に放火され全焼
(日本初の空港特急。京成電鉄「スカイライナー」。京成上野~京成成田間を結ぶ)
1981フルムーン(フルムーン夫婦グリーンパス)発売開始
(高峰美枝子と上原謙のCMで話題になる)
3月26日 「185系」営業運転開始
19826月23日 東北新幹線、大宮~盛岡間で開業

7月 「へいわ」が二日間だけ復活、東京~大阪間を往復(東京~大阪間をイベント列車である「つばめ」を走らせたところ好評だったため)

11月15日 上越新幹線、大宮~新潟間で開業。建設工事が停滞したことで東北新幹線との同時開業はかなわなかった
「200系」が東北新幹線開業に合わせて営業運転開始
(サイリスタ連続位相制御、耐寒耐雪性能を向上させた)
1983「200系」1000番代6次車で時速230㎞までの速度向上
(7次車からは時速240㎞までの速度向上に対応と共に定員数も増加)
19853月 新花巻駅、水沢江刺駅が設置「100系」初期に投入されたX編成で2階建て食堂車とグリーン車の採用
(最高運転速度は220㎞。車両性能では260㎞での可能であった)
198610月1日 185系が「踊り子」として東京~伊豆急下田・修繕寺間を結ぶ
(それまでは東海道本線、普通と急行としても用いられていた)
19874月1日 国鉄の分割民営化。日本の鉄道史における最大の転換点

6月 JR東海、松任谷由美「シンデレラ・エクスプレス」のCM開始
(国鉄の民営化により、JR東海が東海道新幹線の運行を担当していることをPR。CMの好評を受け、JR東海は東海道新幹線をモチーフとした一連の「エクスプレス」シリーズCMを制作)
1988JR東海、クリスマスエクスプレスのCM開始(山下達郎「クリスマス・イブ」、1992年まで)

「オリエントエクスプレス'88」というイベント列車企画で「オリエント急行」の全盛期に使われた車両がパリのリヨン駅から東京駅まで走った
(香港から日本までは貨物船で輸送)
19893月11日 100系3000番台「グランドひかり」営業運転開始
(JR西日本では対東京の主力車両として食堂車は外すことのできない要素であった)

3月11日 JR東日本「651系」営業運転開始(特急型電車「スーパーひたち」、上野~日立・平(現在のいわき)を結ぶ)

3月11日 JR四国「2000系」営業運転開始(2000系特急型ディーゼルカー「南風」が岡山~高知間を結び、「しまんと」が高松~高知間を結ぶ。制御付き振子を初めて導入、カーブでは最高で時速30㎞以上速く走行可能になった) 

3月11日 JR九州「キハ70系」営業運転開始(ディーゼルカー「ゆふいんの森」、ハイデッカー)

3月13日 「ウエストひかり」営業運転開始。0系6両編成、片側2列のゆったりした座席で「ウエストひかり」として区分された
19904月1日 博多南線、博多~博多南間が開業

12月20日 上越線、越後湯沢~ガーラ湯沢間が開業
3月8日 「300系」登場
(営業運転へ向けてさまざまな試験が実施される)

3月10日 「あさひ」が時速275㎞で営業運転開始
1991

6月20日 東北新幹線が東京駅へ乗り入れ開始
3月 AE車がターミナルビルに乗り入れ
(開港当初、成田空港駅(現在の東成田駅)はターミナルビルから約1㎞離れた場所にあり、不便であった)

「北アルプス」営業運転終了

小田急電鉄「3000形」営業運転終了
19927月1日 山形新幹線開業
(奥羽本線、福島~山形間の改良工事が完成)
3月14日「300系」営業運転開始
(時速270kmでの営業運転を目指して開発された3代目の車両形式で、愛称は「のぞみ」。高速走行のため2階建て車両は導入されなかった。100系と比較して約25%の軽量化を達成)
1993AE車が営業運転終了
1994「E1系」7月15日営業運転開始。12両編成の全て2階建て構造。愛称は「MAX」
19973月22日 秋田新幹線開票
(大曲~盛岡間と奥羽本線、大曲~秋田間の改良工事が完成)

10月1日 長野新幹線、高崎~長野間開業。翌年の冬季長野オリンピックを控えて1997年の開業となった。
(それまでは、特急「あさま」では上野~長野間で約3時間だったものが、長野開業により最速1時間19分にまで短縮となった)
「500系」3月22日営業運転開始。時速300㎞の営業運転が可能な4代目の車両形式で東海道新幹線区間は時速270㎞、山陽新幹線区間は時速300㎞で運転された。東海道新幹線「のぞみ」専用形式

「E2系」3月22日営業運転開始。E3系(こまち)と連結して走るために自動連結器を装備。時速275㎞での連結走行運転が可能という当時の世界最高水準の運用を確立した

「E4系」12月20日、東北新幹線で営業運転開始。2代目「MAX」として大量輸送を実現
199820系の営業運転終了

12月8日 上越新幹線で「E2系」営業運転開始
199912月4日 山形新幹線、奥羽本線、山形~新庄間の改良工事が完成3月13日 「700系」営業運転開始
(山陽新幹線区間で最高時速285㎞での運。車両性能と快適性を同時に大きく向上させた)
20003月11日 「ひかりレールスター」営業運転開始
(700系を山陽新幹線に特化させたオリジナル車両で「ウエストひかり」の後継にあたる。最高運転速度は時速285km)

3月11日 JR北海道「キハ261系」営業運転開始
(車体傾斜装置搭載により、カーブでの制限速度は最大で時速25㎞アッしたのディーゼルカー。デンマーク国鉄と共同で行われたヨーロッパ風のデザインが特徴的。愛称は「スーパー宗谷」、札幌~稚内間を結ぶ)
20015月7日 「E4系」が上越新幹線で営業運転開始
(E4系は当初東北新幹線でのみ運転されていた)
200212月1日 東北新幹線、八戸開業(盛岡~八戸間)
20043月13日 九州新幹線、新八代~鹿児島中央間が開業
2007「N700系」7月1日営業運転開始。最高運転速度は時速270㎞
車体傾斜装置の導入し曲線半径2500mの速度制限をクリアし、最高時速ではなく加速度を向上させて所要時間を短縮させた
20093月14日 ダイヤ改正で下関駅に停車する特急がなくなる名古屋電鉄「7000系」営業運転終了

3月14日 富士、はやぶさが廃止
201012月4日 新青森開業

2011年〜2026年 震災、災害対応とコロナ【鉄道の再定義】

鉄道に関すること車両に関すること
20113月山陽新幹線との直通になり九州新幹線が全線開業となる。鹿児島~博多が最短1時間19分に短縮
東日本大震災を受け、出発式や記念イベントはすべて中止
のぞみと同格の「みずほ」、こだまと同格の「つばめ」が乗り入れを開始
3月5日 E5系はやぶさとして時速300㎞での運転開始 グリーン車を超えるグランクラスの導入
20133月12日 E5系単独での時速320㎞での運転開始
20144月消費税が8%へ。それに伴い運賃・料金がが全体的に値上げE7系が3月から営業運転開始
20153月14日 金沢開業 長野止まりだった新幹線が金沢まで延伸、首都圏から北陸まで新幹線でに高速移動が可能になる
並行在来線分離、多数の第3セクター鉄道会社が生まれた
20164月29日 現美新幹線が越後湯沢~新潟間で営業運転開始 
ベースはE3系R19編成を転用改造、13号車にはカフェやキッズスペースもあった。
2017北陸新幹線E2系が3月31日をもって営業運転終了
201910月消費税が10%へ。それに伴い新幹線を含むJR全線の運賃・料金が改定
10月13日03:00〜05:00頃、濁流が長野新幹線車両センターへ到達。車両の冠水が始まる
3月15日 「E7系」上越新幹線で営業運転開始
台風19号により浸水したE7系・W7系計10編成(120両)が廃車となる
10月下旬、不足分を補うため、上越新幹線向けに製造されていたE7系を北陸新幹線へ転用
20207月3月1日をもって、東海道新幹線700系の営業運転終了。山陽新幹線区間では700系7000番台がひかりレールスターとして営業運転継続されている
「N700S」7月デビュー。「S」は最高、Supremeに由来する
12月20日 現美新幹線の営業運転終了
202110月台風19号による廃車分の代替として新造されたW7系(W12編成)が営業運転を開始10月1日 E4系の営業運転終了
10月からW12編成の営業運転開始
11月からW13編成の営業運転開始
20234月
9月
シーズン別料金の追加
EX予約などの割引率が縮小(実質値上げ)
3月18日 E7系が上越新幹線で時速275㎞での運転開始
それまでは時速240㎞に抑えられていた
20243月金沢〜敦賀間が開業
20261月1月15日から阪急6000系誕生50周年を記念した復刻塗装、フル・マルーンが宝塚線にて運行開始