1874年(明治7年)5月11日の大阪〜神戸間鉄道開業に際して導入された「往返切手(往復乗車券)」は、日本の鉄道運賃制度における、日本で初めて「往復すると安くなる」という考え方を取り入れた「割引」乗車券でした。
当時の運賃体系を振り返りながら、往返切手が登場した理由を見ていきます。
1874年の大阪〜神戸間開業時の運賃
開業当初、大阪〜神戸間の運賃は上等・中等・下等の3等級制で運用されていました。当時の1円の価値は現在の数万円に相当し、鉄道利用は非常に高価でした。
| 等級 | 片道運賃 | 往返切手(往復) | 割引率 |
| 上等 | 1円 | 1円50銭 | 25% |
| 中等 | 60銭 | 90銭 | 25% |
| 下等 | 30銭 | 45銭 | 25% |
※一次資料で未確認
往返切手
往返切手(往復乗車券)の導入は、単なる利用者向けの割引制度ではなく、開業間もない鉄道を効率よく運営するための仕組みでもありました。
往復分を先に購入させる仕組み
1870年代の日本の鉄道開業期は、いまのような自動券売機も改札システムもありません。現在のような自動化設備は一切なく、駅業務は手作業で対応していました。
具体的には、
- 乗車券の販売
- 料金受領(現金管理)
- 等級確認(上等・中等・下等など)
- 改札での確認・回収
- 売上管理・帳簿記録
これらを駅員が全て手作業で処理していました。
往返切手では、往路と復路の運賃をまとめて先払いします。
これにより、復路利用時にあらためて乗車券を購入する必要がなくなり、駅窓口での発券や現金のやり取りを減らすことができました。開業直後の鉄道では、発券業務や駅員の配置も限られていたため、このような仕組みは駅業務の負担軽減にもつながりました。
復路利用を促す価格設定
往復で購入すると片道2回より安くなるため、利用者は往返切手を選択しやすい。一度鉄道を利用したら、帰りもそのまま移動手段に鉄道を選びやすくなりました。
なぜ「切手」と呼ばれたのか
現在では「乗車券」という呼び方が一般的ですが、当時はまだ名称が定着していませんでした。
そこで、すでに普及していた郵便制度の「切手」という言葉が用いられました。
郵便切手が料金前払いの証明であったように、鉄道でも先に料金を支払った証票として「切手」という名称が用いられました。
