| 年 | 鉄道に関すること | 車両に関すること |
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| 紀元前3000 | 車輪が発明される (約5000年前に車輪が付いた乗り物が壁画に描かれている) | |
| 16世紀初め | 1500年頃、ドイツやイギリスの鉱山で木製のレールが敷かれ、人がトロッコを押して鉱石を運ぶ | |
| 1662 | フランス パリで乗合馬車が誕生 | 乗合馬車は「オムニバス」と呼ばれた (「バス」の語源となっている) |
| 17世紀 | 摩擦が少なく、少ない力で多くの物を運べるというトロッコの走行システムを馬車に応用 ヨーロッパで馬が貨車を牽引する馬車鉄道が誕生 | |
| 1760 | 1760年代からは、鉄製のレールがイギリスで使われるようになる (このレールには脱輪を防ぐためのフランジが付いておらず、車輪にフランジが付いていた) | |
| 1769 | ワットが蒸気機関改良で特許を取得 (分離復水器復水器を発明、シリンダーとは別に冷却用の室を設けることで、シリンダーを常に高温に保つことに成功。これによりシリンダーの熱効率を大幅に改善し燃料消費量を従来の約1/3〜1/4に抑制することができた。さらにワットは、往復運動を回転運動に変える(1781年特許)、平行運動(1784年特許)、回転速度を一定に保つ調整機を考案するなど、各種の改良を加えて彼の機関を完成させていき、1800年までにマシュー・ボールトンと共に約500台を製造・販売した) | |
| 1803 | イギリス サリー鉄道開業 (公共利用を目的とした世界で最初の馬車鉄道で、石炭や肥料、農作物、工業製品等を運んでいた) | |
| 1804 | イギリス スウォンジー・アンド・マンブルズ鉄道開業 (採石場から港まで石灰石などの鉱石を運んでいた馬車鉄道) | イギリス リチャード・トレビシックが蒸気機関車「ペナダレン号」を開発 (10トンの鉄と、70人が乗車した5両の客車を平均時速3.9㎞でけん引したが、課題が多く、鉄道の導入には至らなかった) |
| 1807 | スウォンジー・アンド・マンブルズ鉄道が旅客も行うようになる (世界で最初に旅客輸送を行った馬車鉄道) | |
| 1814 | ジョージ・スティーブンソンが最初の蒸気機関車を制作 (蒸気機関車の制作に加え、1825年に公共鉄道を開業させることから「鉄道の父」、「蒸気機関車の父」と呼ばれる) | |
| 1820 | ジョージ・スティーブンソンが、鉱山の鉄道向けの実用的な蒸気機関車を開発 | |
| 1825 | イギリス ストックトン・アンド・ダーリントン鉄道開業 (世界で最初に蒸気機関車を導入した公共鉄道) | ストックトン・アンド・ダーリントン鉄道「ロコモーション号」 (スティーブンソンが開発。総重量90tの列車をけん引した。最高時速は18㎞だった。これにより馬車鉄道の時代より輸送力は飛躍的に向上) |
| 1826 | アメリカ 3月4日、グラナイト鉄道(Granite Railway)がマサチューセッツ州で認可、10月に運行を開始 | |
| 1827 | アメリカ ニューヨークで乗合馬車が走り始める (当時路面状態が悪く、速度は遅く乗り心地は悪かった) | |
| 1830 | イギリス リバプール・アンド・マンチェスター鉄道開業 (時刻表に基づいて走った「世界初の本格的な鉄道」、「世界初の営業鉄道」と呼ばれている。海に面した港町であるリバプールと、工業地帯であるマンチェスター間を結んだ。) アメリカ製蒸気機関車「トム・サム」による旅客・貨物輸送の実用化 | 「ロケット号」 (最高時速48㎞で走行した。人々が鉄道の有益性に着目、このあとイギリスでは、「鉄道狂時代」と呼ばれる時代に突入。次々と鉄道会社が設立されていく。こうした動きは、ヨーロッパ諸国、アメリカにも伝わる。輸送の変革をもたらした車両) |
| 1832 | アメリカ ニューヨーク・アンド・ハーレム鉄道開業 (鉄レールが道路に敷かれ鉄車輪をつけた馬車を2頭の馬がけん引した。それまでの乗合馬車より、走行速度が速くなり、乗り心地も改善される) | |
| 1834 | イギリス リバプール・アンド・マンチェスター鉄道開業で方板信号機が導入される (赤い板が棒と共に回転する初期の信号機) | |
| 1837 | グレート・ウェスタン鉄道でボール信号機が導入される (赤いボールが巻上装置により上下する仕組み) | |
| 1850 | イギリス 当時植民地だったインドで鉄道建設開始 (総延長4万㎞を超える鉄道を敷設、綿花や石炭、紅茶などを積出港に運べるようなった) | |
| 1853 | ロシアのプチャーチンが日本の長崎で蒸気車の模型を走らせた | |
| 1861 | アメリカ 南北戦争 (鉄道が軍事輸送に使われる。北部は南部の約2倍の路線距離を保有しており、工場地帯と前線を直結していた。鉄道を駆使した北部が勝利して終わる) | |
| 1863 | アメリカ チャタヌーガの戦い (北軍が鉄道を駆使して約2万人の兵士を1,900km以上離れた戦地へわずか11日間で移動させた) イギリス ロンドンでメトロポリタン鉄道開業 (世界初の地下鉄。総延長約6㎞。ロンドンでは複数の鉄道会社がターミナル駅を別々の位置に作っていたため、列車の乗継が大変であったため、ターミナル駅を結ぶように地下鉄が作られた。当時、地下トンネルの中を走っていたのは蒸気機関車で、トンネルには蒸気機関車が出す煙を地上に排出するための縦穴が作られた) | |
| 1867 | 客車メーカー「ブルマン」設立 (車内にベッドを設けた寝台車、食事ができる食堂車を開発。豪華な旅客列車がアメリカ各地を走るようになる) | |
| 1869 | アメリカ 政府の支援で大陸横断鉄道が開業 (東と西の両端から建設が進められ、5月10日、ユタ州プロモントリー・サミットの「ゴールデン・スパイク式典」にて両鉄道が連結される。西から来たセントラル・パシフィック鉄道の機関車「ジュピター号」と、東から来たユニオン・パシフィック鉄道の機関車「119号機」が向かい合って停車し、中央で最後のレールをつなぎ、「ゴールデン・スパイク」が打たれた。絵などで描かれていることも多い、両機関車が鼻先を突き合せるシーンは「アメリカが一つになった」という象徴で、アメリカ史でも有名な場面の一つだが、実際は数フィート(約1mほど)間隔があったとされる。 | |
| 1872 | ベルギー出身のジョルジュ・ナゲルマケールスが国際寝台車会社「ワゴン・リ」設立 (国境を超える豪華な旅客列車を走らせることを計画した。1883年からオリエント急行の運行を開始) | |
| 1880 | アメリカ トロリーポールが開発される (フランク・スプレイグらによって開発、後に実用化された、架線から電気を取り込む棒状の集電装置。先端の小さな車輪(トロリーホイール)で架線をなぞっており、風や振動、カーブで電気が途切れてしまう「離線」が頻発するため、高速走行は不可能だった。トロリーポールは基本的に引きずって仕様する設計で、電車が逆方向に動くときに、ポールを手動で付け替える必要があった) | |
| 1881 | ドイツ ベルリンの郊外で電気鉄道で営業運転開始 (全長約5mの小さな電車で営業距離は2.4㎞だった。電気をレールに流していたので、触れると人間の感電の恐れがあり、モーターの動力はベルトで車輪に伝えており、大きな動力を出せないことが課題であった) | |
| 1883 | 「オリエント急行」営業運転開始 (ヨーロッパとアジアを結んだ最初の長距離旅客列車。ヨーロッパを代表する豪華な列車で、利用者は当時、貴族や富裕層に限られたが、第一次世界大戦後には大衆化した。オリエント急行の成功を受けて、ヨーロッパを横断する国際旅客列車が増えた) 1988年にオリエント急行が日本を走った | |
| 1885 | アメリカ 吊掛駆動が開発される | |
| 1888 | アメリカ バージニア州でリッチモンド・ユニオン旅客鉄道の路面電車にトロリーポールと吊掛駆動が導入される (この路面電車はアメリカだけでなく、ヨーロッパの主要都市に広がる) | |
| 1895 | アメリカ 都市間電気鉄道「インターアーバン」が次々と建設される (中西部(オハイオ州、インディアナ州など)を中心に路線網が急拡大した。1900~1908年にかけてが建設のピークで、総延長距離は24,000km に及ぶ) | |
| 1901 | アメリカ 大油田が発見される (石油燃料の価格が大幅に下がった。1908年には大量生産、低価格化された乗用車が販売され、多くの人が馬車から自動車に乗り換え、車社会化が進み、鉄道の衰退へと繋がっていく) | |
| 1912 | ドイツ 世界初のディーゼル機関車が開発される (営業運転には至らなかった) | |
| 1929 | ドイツ国鉄 「シーネンツェッペリン」を開発 (後部にあるプロペラを回して推進する高速車両) |
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| 1931 | シーネンツェッペリンが走行試験で時速230㎞を記録 | |
| 1932 | ドイツ 最高時速160kmで営業運転ができるディーゼルカー「フリーゲンダー・ハンブルガー」登場 | |
| 1934 | 大連~新京(現在の長春)間701.4㎞を結ぶ超特急「あじあ」号が登場 (日本が世界に誇る高速列車で、時速130㎞、荷物車を除く全車両に冷房が搭載されて、豪華なソファを備える展望車、一流のシェフによるロシア料理や和食が提供されるという、豪華な列車であった) | |
| 1938 | イギリス ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道で蒸気機関車「マラード」が開発される (時速203㎞は蒸気機関車の世界最高記録) |
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| 1939 | アメリカ ペンシルベニア鉄道が蒸気機関車「S1型」を試作 | |
| 1943 | 2月28日 「あじあ」号運行終了 | |
| 1952 | 10月8日 イギリス ハーロウ・アンド・ウィールドストーン駅で列車多重衝突事故が発生 (イギリス史上最悪の鉄道事故。112が死亡、340人が負傷。運転士が停止信号を見落とし、停車中の列車に高速走行中の急行列車が衝突、さらに反対方向から来た別の急行列車も衝突するという「三重衝突」が起きた。これを機にイギリス国鉄は自動列車警報装置を整備した) | |
| 1954 | フランス 商用周波数による交流電化の実用化に成功 (これを見た国鉄の若手技術者(留学組)が、地上設備を簡略化しつつ大電力を供給できる交流方式の優位性を確信) | フランス 国鉄「BB9004」が完成 (電気機関車) |
| 1955 | フランス 国鉄「BB9004」当時の鉄道世界最速記録の時速330.9㎞を記録 |
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| 1957 | 12月20日 アメリカ ボーイング「ボーイング707」初飛行 | |
| 1958 | 10月26日 アメリカ パンナムが「ボーイング707」で営業運転開始 (大西洋横断路線、ニューヨーク発パリ行きの初便はほぼ満席。乗客の反応も「振動がない」、「静か」、「雲の上を飛んでいる」と良好だった) 航空機の発達により、航空機ほど速くない、自動車のようにルートを自由に選べない等、鉄道の弱点が目立つことになり、鉄道の発展が失速する。「鉄道は時代遅れの輸送機関」、「鉄道は20世紀まで生き残れない」、「鉄道は消えゆくもの」という悲観論が唱えられるようになる | |
| 1965 | フランス 空気浮上式鉄道を開発開始 (ジェットエンジンとプロペラによる爆音と、浮上と推進の両方に膨大な石油燃料を消費すること、専用軌道で鉄道網と繋がらないことから実用化には至らなかった) | フランス 「アエロトラン」を開発 (空気浮上式鉄道の車両。当時の地上走行車両の世界最高記録である時速430.2kmを記録) |
| 1976 | イギリス 「インターシティ125」営業運転開始 (最高時速200㎞で走行するディーゼルカー) |
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| 1981 | フランス 「TGV」営業運転開始 (パリ~リヨン間の一部に高速新線を作り在来線と接続した。最高時速260㎞) |
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| 1991 | ドイツ 「ICE」営業運転開始 (一部区間に高速新線を作った。最高時速250㎞) |
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| 1994 | イギリス 1994~1997年にかけて国鉄を分割民営化 (日本を参考にして、鉄道改革に踏み切った) ドイツ ドイツ鉄道発足 (西ドイツと東ドイツにあった国鉄を統合して民営化した。多くの国で国営鉄道が財政難であった) | |
| 2000 | アメリア 「アセラ・エクスプレス」営業運転開始 (TGVの改良型車両。在来線を改良して用いた。最高時速240km) |
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| 2004 | 中国 「上海トランスラピッド」営業運転開始 (ドイツが開発した常電導磁気浮上式鉄道(常電導リニア)で、最高時速は431㎞で、営業鉄道で2026年現在世界最速) |
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| 2007 | フランス 「TGV」が時速574.8㎞を記録 (この記録は鉄輪式鉄道の世界最速記録。2026年現在、日本の超電導リニアの時速581㎞が鉄道世界最速記録となっている) |
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| 2009 | イギリス サウスイースタン鉄道「ジャベリン」営業運転開始 (高速電車(クラス395)、日立製作所が製造) |
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| 2016 | イノトランス(国際鉄道技術専門見本市) (ドイツのベルリンにある国際展示場が) |
JR東日本、31年ぶりの値上げ
2026年3月14日JR東日本の運賃改定がありました。これは消費税増税に伴う転嫁を除けば、1995年以来、実に約31年ぶりの運賃値上げとなります。
長らく「物価の優等生」の筆頭格だった鉄道運賃ですが、ついに大きな転換期を迎えました。今回の改定は、単なる一律の値上げではなく、複数の制度変更が組み合わさっているのが特徴です。今回の改定では、全体で平均10.9%の運賃引き上げとなりました。
- 普通旅客運賃(切符・IC): 約11%程度の値上げ
- 通勤定期: 約13%の値上げ
- 通学定期: 据え置き(家計への配慮として、今回は対象外となりました)
初乗り運賃(山手線内)
- 改定前:150円(切符)
- 改定後:170円(切符)
※一方で、2023年から導入されていた「バリアフリー料金(10円)」が運賃本体に組み込まれる形で廃止されたため、実質的な上昇幅は見た目より抑えられている区間もあります。
JR東日本が消費税改定以外の理由で運賃を上げたのは、1995年(平成7年)が最後でした。1995年当時は、民営化後の経営努力やバブル崩壊後のデフレ経済が据え置きを可能にしていました。 しかし、近年の人口減少による利用減、電気代の高騰、そして老朽化したインフラの更新費用が重なり、ついに企業努力の限界を迎えたという背景があります。
